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まだまだあるけど、取りあえずここまで。 |
夜明けまで〜後篇〜
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夫は食事が済むと、酔っ払ってすぐに寝てしまいました。 私と母は台所に並んで食器を洗い、終わると二人で食卓テーブルについてお茶を入れました。 その時の安堵感、わかりますか?
しばらく二人で黙っていました。 先に重い口を開けたのは母でした。 「鏡子、このままでいいのかい。お母さんのことは気にしなくていいから、あんたが良いようにしなさい。まだ若いんだから・・・」 まだ若いんだからの後に、離婚して誰か他の人と、という母の心の中の声が聞こえたような気がしました。 「よく考えてみるわ。私もお母さんもこのままでは参ってしまうものね。」 私は恐ろしくて言葉には出来ませんでしたが、心は夫と別れたいという思いでいっぱいでした。 |
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その晩、私たちはいつものように三人バラバラに寝ました。 私は仕事部屋に布団を敷いて、母は6畳の洋間にシングルベッドで、夫は元、夫婦の寝室のダブルベッドで・・・ 私は疲れていたので、いつの間にかぐっすりと眠っていたようです。 それなのに、何時間かして、何かの音が聞こえたような気がしたと思うとパッと目が覚めてしまいました。 私は暗闇の中で目をぱっちりと開け、耳をすましました。 嫌な予感がしました。 ミシ、ミシ、ミシ・・・音は私の部屋の方へ近づいてきます。 ああ、この音は夫にちがいないわ。 私は身を固くしました。 そして無情にも、音は私の部屋の前で止まったのです。 どうしよう、夫が入ってきたら!私は自分の速い心臓の音と震動が、のどの辺りまで響いて来るのを感じました。 冷汗が吹き出し、布団の中で力を込めて小さくまるくなりました。 ドアの向こうで夫の声がしました。 「鏡子ちゃん・・・鏡子ちゃん・・寝てるの?」 私は何も答えずに、息も止めるほど静かに黙っていました。 本当に息を止めていたかもしれません。 しばらく夫はドアの前で粘っていたようですが、そのうちにまた、ミシ、ミシ・・と行ってしまいました。 ああ、よかった。 私はやっと大きく呼吸をしました。 でもまだ恐怖は消えず、汗でべっとりと濡れたパジャマが背中に貼りついていました。 私は暗闇が怖くて、蛍光灯の円の中の、オレンジの小玉を付けました。 これならば部屋の中が見えて、少しですが恐怖感が軽減されます。 明日も山ほど縫物をしなくてはなりません。眠らなければ・・・ 私はオレンジの薄明かりの中で、目を閉じました。 どのくらい眠ったのでしょうか。 ああ、寝苦しい、息苦しい、と思いながらも目を閉じていました。 あっち向きになったり、こっち向きになったりしながら・・・ 疲れていて、ひとつの姿勢で長くいられません。 私は目を閉じたまま仰向けになりました。 少し体が楽なような気がしました。 でも、その時には、はっきりと自分は眠れないのだな、と思いました。 仕方がないので目を開けました。 するとどうでしょう! すぐ目の前に、暗いオレンジ色の夫の顔が!! 夫が私の寝ている布団のそばに座り、私の顔を覗き込んでいたのです。 私は驚きと恐怖で、そのまま固まり、夫の目から目を離す事も、呼吸をすることも、何もできませんでした。 「鏡子ちゃん、眠れないんだ」 と夫は言いました。 そのまま黙っていると、「一緒に寝る」と言いそうです。 私は必死でそれを阻止しようと、動転しながらもそれだけを考えました。 「戸棚にお父さんのブランデーが残っていたわよ。」 私はわざと眠たくて仕方がないという風にしながら、そう言いました。 夫は酒飲みですから、これ以上良い手はない筈・・ 「あ、そうか。飲んでみるか。」 夫はのろのろと立ちあがり、ドアの方へ行きました。 ノブに手をかけると、夫は私を振り返りました。 私はきっと、鏡子ちゃんも一緒にどう、とか言われると思い、大げさにあくびをして、ぐるりと布団を両手で巻きこんで夫に背中を向け丸くなりました。 そのまま眠れずに丸くなっていました。 |
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どのくらい時間がたったか、もうそういう感覚もなくなってしまいました。 また部屋の前に人の気配を感じました。 でも今度は夫ではない、床を踏む音で母であるとすぐにわかりました。 カチャリと部屋のドアが開きました。 「鏡子、起きて。鏡子ッ。」 母は声を殺してそう言いました。 私は母に連れられて居間に行きました。 「ミツル君がおかしいんだよ。ずっと家の周りを歩いていて。お母さん、もう怖くて怖くて・・・」 母は居間の窓のカーテンを少しだけ開け、そこから外を見るように促しました。 私が外を見てみると、ただ夜の外灯に照らされた母の菜園があるだけでしたが、すぐに裏から夫がふらふらと歩いて現れ、覗いている窓の前を通り過ぎていきました。 夫は何時間も、家の周りをグルグルと歩いていたようです。 そしてその顔は・・・あの顔でした。 目も口も、思い切り開けたまま、夫は歩いていました。 いったい見開いて血走った目には、何が映っているのでしょうか? 私と母は、息を殺してそれを見ていました。 他にどうする事もできません。 夫は家の裏の方からまたふらふらと前の庭まで歩いてきました。 私と母は、仕方なくその姿をカーテンの陰から見ていました。 すると夫はちょうどその窓の正面で立ち止まりました。 何を思ったのでしょうか・・・ 私と母は、顔を見合わせて首をかしげ、そしてまた夫の方を見ました。 「ギャッ!!」 私と母は、思わず叫びました。 夫は窓の向こうから、白目をむき出して私たちを凝視していたのです。 私と母は、走って逃げました。 逃げるといっても家の中で・・ 二人で母の寝室に駆け込み、ドアを閉めました。 このときほど部屋に鍵が付いていたら良いのにと思ったことはありませんでした。 母のベッドのすみに並んで座り、しっかりと手をつないでブルブルと震えていました。 ミシ、ミシ、ミシ・・・ 夫が私たちのいる母の部屋を通り過ぎ、私の仕事部屋の方へ行ったのがわかりました。 母と私は、布団の中にもぐりました。 もう寝ている振りをする他に、なにが出来ましょうか!? ミシ、ミシ・・・ 私が仕事部屋にいないのを不審に思ったのでしょう、夫はこの母の部屋の前で立ち止まりました。 でも、常識的には妻の私の寝室のドアは開けても、義母の寝ている部屋のドアは開けないのでは・・私はそんなことにわずかな望みをかけました。 しかしそんな常識、今の夫にあるはずがありません。 スー、とドアが開きました。 しばらく沈黙が続きました。 そのまま何も言わずに行ってしまってくれ、と心の中で叫ぶように祈りました。 「・・・お義母さん」 「・・・・」 「・・お義母さん・・・鏡子ちゃんがいないんですよ。お義母さん・・あっ」 夫は私と母が、一つのベッドで背中あわせに寝ているのを確認したようでした。 一歩、また一歩とベッドに歩み寄ってくるのがわかりました。 そして夫はベッドの脇にしゃがみ込みました。 またじっと私の顔を見ているのでしょうか。 私はしっかりと目を閉じたまま、ほんのわずかでも動いたら死んでしまうというほどの覚悟で動かないでおりました。 夫の生あたたかい手を髪に感じ、顔にはブランデー臭い息がかかりました。 壁に向かって寝ていてる母が細かく震える震動が伝わってきました。 ああ、いつまで続くの?この苦しみが!! どのくらいそうしていたことか・・・やっとのことで、夫は部屋から去っていきました。 それから私と母は布団から出て、夜明けまで、ずっと二人で寄り添ってベッドに座っていました。 やっと外が明るくなってきました。 なんという長い夜だったのでしょうか。 母は、ベッドから身をのり出して静かにカーテンを開けました。 私たちは、そっとドアを開け廊下に出ました。 そして、静かに静かに、二人で手をつないで廊下を歩きました。 夫婦の寝室であった部屋のドアが、大きく開いていましたので、私と母はそおっと部屋の中を覗いてみました。 そこにはダブルベッドの真ん中に突っ伏し、内股の足の裏をこちらに向けて、ゴウゴウといびきをかいている夫がいました。 きっと倒れこむように寝たのでしょう。 二つの大きな素足。 大きな足の指。 足の裏全体に、べっとりと土がついていました。 おわり |
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まだまだあるけど、取りあえずここまで。 |







