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佐藤 典子
(踊りは何でもスキ)

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■カンカンについて

ダンスについて色々と調べていたら、あの映画を思い出しました。


「カンカン」シャーリー・マクレーンですね。


あんなに激しい踊りがあるなんて・・・


シャーリー・マクレーンのライブのビデオを見ていたら、カンカンの踊りが始まるまえに彼女がこう言っていました。


「これが踊れたら、オリンピック選手よ!」

 

さて、カンカンの歴史を調べてみました。

 

 

 

フレンチカンカン(フランス語 French cancan)またはカンカン(cancan)は、ダンスの一つ。

 

1890年代に立ち返ったようなロングスカート、ペチコート、黒ストッキング等の衣装を着用した、女性ダンサーのコーラスラインが上演するショーダンス。

 

このダンスの主な呼び物は、ハイキックでスカートを捲り上げて巧みに操る、その挑発的且つ刺激的な体の動きである。

 

またジャック・オッフェンバック作の有名なオペレッタ作品、地獄のオルフェで流れる「地獄のギャロップ」は「天国と地獄」の曲名でも知られ、その旋律は最もカンカンを思い起こさせるものの一つである。

 

カンカンが史上最初に登場したのは1830年頃のパリ・モンパルナスにあった、労働者階級の舞踏場だった。

 

当時それはカドリールの最終形態にもよく見られたような、4分の2拍子の速いダンスであるギャロップよりも更に快活なものだった。

 

故にカンカンは、元々ハイキックや腕または脚を使って他の身振りにふける、二人組み向けのダンスであった。

 

これは後にカンカンの特徴にもなる大股開きなどの曲芸的なパフォーマンスで人気を博した、1820年代の著名な芸人シャルル・マズリエールのこっけいな動作に影響を受けたものと考えられている。

 

カンカンの踊り子達は元来、恵まれない人々への援助を請け負ったドイツの裕福な女性のグループから始まったものであった。

 

彼女らは地元の近隣住民に貧しい人々を養う食物の寄付を募り始めたが、結果的に募集するのをやめて村の広場で様々なダンスを演ずるようになった。

 

この際入場料の代わりに、聴衆は食物のみを寄与することが求められた。

 

こうしたダンスの興行で、カンカンは発案されたと人々に信じられている。

 

この時代、そして19世紀フランスのほぼ全期にかけて、ダンスは「シャユ(Chahut)」という名でも知られていた。

 

これは、カンカンもシャユも共にフランス語の単語であるが、カンカンが「うわさ話」や「スキャンダル」の意味があり、ダンスが恥ずべきスキャンダルに満ちたものと解釈されてしまう恐れがあるのに対して、シャユが「騒々しさ」や「大騒ぎ」を意味するためだった。

 

カンカンのダンサー達が徐々に熟練し大胆になっていくにつれ、段々とダンスはその参加系態と平行して余興としても同時進行で発展した存在となっていった。

 

1840年代から1860年代にかけては数人の男性の花形ダンサーはいたものの、女性のダンサーの方がより広く知られていた。

 

当時のダンサー達は中流階級の高級売春婦やセミプロの役者のみであり、ムーラン・ルージュ劇場などに高額のギャラで登場したラ・グーリュやジェーン・アヴリルといった1890年代の有名なダンサーとは違った。

 

こうしたダンサー一人一人はその後、振付師ピエール・サンドリーニが1920年代にムーラン・ルージュで考案し、1928年に自身が所有するバル・タバリン劇場で披露した壮大なフレンチカンカンに取り入れられたような、様々なカンカンの動きを発達させていったのである。

 

 

 


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