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レオタードミラー店長

佐藤 典子
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■舞台での「眠り」

☆バレエ


 

バレエ作品としての「眠れる森の美女」は、1890年にサンクトペテルブルクで初演されました。

 

3時間もの大作で、現在も多くのバレエ団が上演しています。

 

当時、劇場の総裁だったイワン・フセヴォロシスキーが豪華絢爛なバレエ作品を作りたい、と考えたことから制作が始まった。振り付けはマリウス・プティパ、音楽はピョートル・チャイコフスキー。

 

チャイコフスキーは「白鳥の湖」での失敗があり、もうバレエ曲は作らないと決めていた、という説もあるが、音楽が失敗だったわけではなく、バレエ曲を作曲すること自体はその後も検討していたので、「眠れる森の美女」の台本に感動して仕事を引き受けたのだそうです。

 

チャイコフスキーの三大バレエの一つといわれています。

 

 

☆アニメ
1959年にウォルト・ディズニー・カンパニーによってSleeping Beauty(「眠れる森の美女」)として、600万ドルの制作費をかけて長編アニメーション映画化され、同年1月に全米公開されました。

 

日本での公開は1960年7月。

 

 

☆ミュージカル


劇団東少によってミュージカル化されました。

 

初演は1965年(昭和40年)。

 

翌1966年(昭和41年)に東京都芸術祭の公演で上演。

 

その後も全国各地で上演され続け、1980年からは三越劇場での東京定期公演が復活すると『眠れる森の美女』もレパートリーに加わる。近年では、1996年(平成8年)の公演で小田茜が、2001年(平成13年)-2002年(平成14年)の公演で細川ふみえが王女役を演じており、2006年(平成18年)-2007年(平成19年)の公演で松下萌子が王女役を演じることになりました。

 

☆ミュージカル版のあらすじ


国王夫妻に女の子が生まれた。

 

同じ日に城の料理番夫妻にも女の子が生まれた。

 

城に呼ばれた赤の妖精は歌の才能を、緑の妖精は踊りの才能を王女に贈った。

 

招待されなかった黒の妖精が「王女は糸車の針に刺されて死ぬ」という呪いをかけたが、遅れてやって来た白の妖精は眠ることを王女への贈り物にしたことによって黒の妖精の呪いは「糸車の針に刺されて100年眠る」と変えられた。

 

王は国中の糸車を全て燃やしたが、料理番の女房だけは糸車を物置の奥に隠した。

 

王女と料理番の娘が18歳になった時、料理番の娘は気の合った若者と2人で時々糸車をまわしながら歌を歌っていたが、歌声に誘われて王女が物置に近づき、2人は大急ぎで糸車を隠した。

 

だが黒の妖精が現れ物置から糸車が出され、王女は糸車の針に手を刺して倒れた。

 

白の妖精が「王女さまは死んだんじゃない、眠っているだけ」といい、城ごと100年の眠りについた。

 

王女は夢の中で王子と出会い、夢の中の王子とそっくりな王子が深い森の中に城を見つけたが、黒の妖精が王子の行く手に立ちはだかった。

 

王子は剣を抜いて黒の妖精と戦い、黒の妖精は敗れた。

 

森は100年の眠りから覚め、王女は王子と結ばれた。

 

 

☆原作との相違点


グリム版では12人の魔法使い、ペロー版では7人の妖精が呼ばれたが、ミュージカルでは赤の妖精・緑の妖精・白の妖精の3人が呼ばれました(呼ばれなかった黒の妖精を含めると4人の妖精が登場する)。

 

もっとも呼ばれたのが妖精であるという点はペロー版に準じていますが。

 
王女の誕生と同じ日に原作には登場しない料理番夫婦にも女の子を誕生させ、2人の成長を交錯させながら運命に翻弄される王女と運命を切り開く料理番の娘の生き様を対比させています。

 

 

 

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